日本の保険診療と厚生労働省のめざすところ
日本は「国民皆保険」で、ほぼすべての国民が健康保険を使って医療機関を受診しています。国民皆保険制度は1961年にスタートしました。国民皆保険が実現する前の1956年の『厚生白書』には「1,000万人近くの低所得者層が復興の背後に取り残されている」と記されています。この頃までは、国民のおよそ3分の1にあたる約3,000万人が公的医療保険に未加入であり、「国民皆保険」の達成は日本の社会保障の大きな課題となっていました。その後、1958年に新しい「国民健康保険法」が制定され、1961年に現在の「国民皆保険」が完成することになったのです。
日本の保険制度の特徴はフリーアクセスと呼ばれる制度で、保険証があればどこでも受診できることです。医療サービスを受けた利用者には一定の自己負担(原則3割、75歳以上1割、義務教育就学前2割等)が発生します。ただし年齢・所得に応じて、医療機関や薬局での支払い額が1カ月のうちに一定額を超えた場合には、それ以上は自己負担しなくてもいいこととする「高額療養費制度」という、医療費を原因として国民が経済的に困窮することを避ける仕組みが設けられています。「高額療養費制度」も、他国には同等・類似の制度があまり存在しない、わが国の医療制度独自の良い仕組みです。
海外の制度と比較すると、アメリカでは公的医療保険は、65歳以上の高齢者と障害者などを対象とする「メディケア」と、低所得者を対象とする「メディケイド」のみで、この2つでカバーされない現役世代は民間医療保険が中心です。いわゆる「オバマケア」により、公的医療保険に入っていない人々は民間の保険会社への加入を義務付けられましたが、受診できる医療機関が限られていたり、いまだ無保険者も多く、所得により受けられる医療には大きな格差があります。アメリカの医療費は、日本に比べて非常に高額で、一般の初診料だけで150~300ドルの請求を受けると言われています(アメリカでは原則、病院が医療の価格を決定しています)。約30年前にアメリカボストン在住中に、娘が階段から落ちて怪我をしました。頭を打ち、眼窩骨折を起こし、病院に一泊の経過観察入院をしましたが、請求書は1100ドルくらいでした。現在の貨幣価値なら15万円以上になります。
イギリスでは国民がすべてかかりつけ医を持ち、救急で病院を受診する以外には、かかりつけ医制度が厳密に運営されています。利用者は予め登録したかかりつけ医の診察を受け、必要に応じ、かかりつけ医の紹介を受けて専門医を二次受診する仕組みで、家庭医の紹介がないと二次診療を受け付けてもらえません。したがってフリーアクセスは無いことになります。「税方式」により運営される国営の国民保健サービス(NHS:National Health Service)により、医療が提供されます。NHSの対象利用者はイギリス国内に住所を持つ人です。利用者は、基本的には、窓口での自己負担や保険料負担なしに医療サービスを受けることができます(外来処方薬については一定の自己負担があります)。窓口での自己負担等がないのはうれしいことですが、NHS医療機関は常に混雑しており、診てもらいたい時にすぐに診察を受けることが困難との問題はあるようです。30年近く前にウェールズの病院の見学に行った時には、胆石症や下肢静脈瘤の良性疾患の手術は1-2年待つことになり、お金持ちの患者さんは私立の病院を受診して手術を受けると言っていました。その頃よりNHSは、病院の待ち時間が長い等の問題点を解決するために、医療職の給与を上げたりして改善を図りましたが、未だに入院待ち等の長いことは国民の不満の一つになっています。
日本の厚生労働省は、医療費削減のためにイギリス方式であるかかりつけ医を持つことを推奨しています。厚生労働省は、医療政策を保険点数の増減により方向付けを行っています。1974年、処方せん料が100円から500円に引き上げた時が医薬分業元年と呼ばれています。その当時調剤薬局がたくさんでき、医薬分業が進んだ経緯があります。2022年4月の保険点数の改定でもかかりつけ医外来医療については「まず地域のかかりつけ医機能を持つクリニックや中小病院を受診し、そこから高機能病院の専門外来を紹介してもらう」という流れをつくるために「外来医療の機能分化、連携の強化」が重視されています。このうち医療への最初に受診する「かかりつけ医機能を持つ医療機関」については、地域包括診療料・加算や機能強化加算など様々な診療報酬で評価され保険点数を増やすことで、かかりつけ医の強化につなげたいと考えているようです。