リムパーザ(オラパリブ)の適応拡大について
リムパーザはDNA修復の主要酵素であるポリ(アデノシン5’ニリン酸リボース)ポリメラーゼ(PARP)を阻害する分子標的薬で、言い換えると、「塩基除去修復機構」を阻害する分子標的薬です。(図1参照)体の設計図であるDNAは、紫外線や活性酸素など日常の様々な刺激により日々傷がついています。正常な細胞では、傷ついたDNAを修復する2つの仕組みがあります。一つは「BRCAタンパク」、もう一方は「PARPタンパク」と呼ばれる二つのタンパクの働きでDNAの傷は速やかに修復され、細胞は生き残ります。しかしBRCA遺伝子に病的変異があるとBRCAタンパクが働かないために、PARPタンパクのみでBRCA遺伝子が原因の乳癌はDNAの傷を修復しています。リムパーザはこのPARPタンパクの働きを阻害する薬剤です。正常な細胞ではリムパーザによってPARPタンパクの働きが阻害されても、BRCAタンパクが働くために、DNAの傷は修復され細胞は生き残ります。しかしBRCA遺伝子異常がある患者さんでは、PARP阻害剤を投与するとBRCAタンパクに異常があるために、どちらの修復機構も機能しなくなり、癌細胞が死滅する事になります。
この薬剤は今まで、乳癌では再発乳癌でBRCA1または2(まれに両方)遺伝子変異を持つ患者さんに使用することが保険適応(健康保険を使って治療を受けられる)になっていました。しかし2022年8月25日からは、BRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性で再発高リスクの乳がんにおける術後薬物療法として適応拡大がされることになりました。これまでは再発乳癌の患者さんで、がん化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性かつ、HER2陰性の手術不能又は再発乳癌の患者さんしか使用できませんでした。そのために遺伝性乳癌の患者さんは乳癌全体では5-10%程度とされているので、治療の対象となる患者さんが少ない薬剤でした。
第Ⅲ相OlympiA試験で、リムパーザが、局所治療および標準的な術前または術後化学療法を完了したBRCA遺伝子変異陽性、かつHer-2陰性の高リスク早期乳がん患者さんの術後薬物療法において、偽薬と比較し、統計学的に有意かつ臨床的に意義のある全生存期間の延長を示しました。本試験では全生存期間で、リムパーザは偽薬と比較し、死亡リスクを32%低下させました。また、3年生存率は偽薬投与群では89.1%であったのに対し、リムパーザ投与群では92.8%でした。さらに、4年生存率は偽薬投与群では86.4%であったのに対し、リムパーザ投与群では89.8%でした。この第Ⅲ相OlympiA試験の初回の主要解析結果は、2021年米国臨床オンコロジー学会年次総会(ASCO)で初めて発表され、世界的に著明な医学雑誌のニューイングランドジャーナルオブメデシンに2021年6月24日に掲載されています。
上記の様にリムパーザの適応拡大によって、遺伝性の乳癌の可能性のある患者さんの遺伝子検査の適応が今までは下記のような物でしたが、今後は下線以下の患者さんまで、検査の適応も拡大されることになりました。
1.45才以下の乳がん。
2.60才以下のトリプルネガテイブ乳がん。
3.2個以上の原発性乳がん(同時性、異時性は問わない)。
4.第3度の近親者内に乳がんまたは卵巣がんの家族歴を有する。
5.男性乳がん。
上記に該当しなくても、下記のいずれかに当てはまる患者さん。
6.化学療法を受けていてHER2陰性の手術不能または再発乳がんの患者さんであり、分子標的薬「オラパリブ(商品名リムパーザ)」での治療を検討されている患者さん。
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7.Her-2陰性で再発高リスクの術後患者さん。
※参考・・・近親者:第1度近親者:両親、子供、兄弟
第2度近親者:祖父母、孫、叔父、叔母、甥、姪
第3度近親者:いとこ、曾孫、甥や姪の子供など
リムパーザの副作用には、悪心(気持ち悪くなること)疲労感、貧血、好中球減少、血小板減少、間質性肺疾患などがあるので、副作用のチェックを受けながら薬を服用することが重要です。
図1