Her-2低発現の転移再発乳癌の治療

「2022年7月にHer-2(ハーツ-)陽性乳癌の治療の進歩」というタイトルでブログを書いていますが、今回それに関連した話をします。

2022年7月のブログの最後に記載した、2020年5月25日に日本で発売された抗悪性腫瘍剤「エンハーツ® 」(一般名:トラスツズマブ デルクステカン、HER2に対する抗体薬物複合体(ADC))ついてお話しします。エンハーツは、T-DM1(カドサイラ)治療を受けたHER2陽性の再発・転移性乳がん患者を対象としたグローバル第2相臨床試験(DESTINY-Breast01、北米、欧州及び日本を含むアジアで実施)の結果に基づき、2020年3月に「化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳癌(標準的な治療が困難な場合に限る)」が適応となっています。この薬剤の副作用で間質性肺疾患(ILD)の頻度が高いことから、この薬剤は呼吸器内科の専門医がいる施設しか使用できません。当院では呼吸器内科医が不在のために使用できませんでしたが、現在では住友病院呼吸器内科と連携することによりエンハーツが使用できるようになりました。日本ではエンハーツは上記のようにHer-2陽性乳癌の手術不能、または再発乳癌でタキサン+ハーセプチン+パージェタ、その後にT-DM1による治療を受けた患者さんしかエンハーツを使用できません。

第一三共と英アストラゼネカが共同開発する、抗HER2抗体薬物複合体(ADC)「エンハーツ」はHer-2低発現の進行乳がん患者を対象とした臨床試験で、生存期間を化学療法と比べて6カ月以上延長しました。この結果は、2022年6月初旬に米シカゴで開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表され、今後転移・再発乳癌の大多数を占めるHer-2低発現の乳癌患者さんの標準的治療になる可能性が大きいです。現在進行中の臨床試験には、HER2低発現乳がん(多くはホルモン受容体陽性)で、病変が拡大し、化学療法による前治療を少なくとも1回以上受けた550人以上の患者が登録されました。同試験の中間解析の結果、エンハーツを投与されたホルモン感受性の患者は、化学療法を行った患者に比べて全生存期間(OS)を6.4カ月延長しました。この集団のOSの中央値は、化学療法が17.5カ月だったのに対し、エンハーツでは23.9カ月でした。ホルモン非感受性の少数の患者集団でも、エンハーツはOSを6.3カ月延長しました。

抗HER2療法の進展により、HER2陽性進行乳がん患者の予後は大きく改善しました。しかし、がんが他の臓器に広がり、HER2をほとんど、あるいは全く発現していない(HER2-Lowと呼ばれる)患者の多くは、今までは治療の選択肢が限られていました。中間解析の結果によると、エンハーツを投与されたホルモン感受性の患者の無増悪生存期間(PFS)は10.1カ月で、化学療法の5.4カ月に対して統計学的に有意な延長を示しました。ホルモン非感受性の患者のPFSも、化学療法の2.9カ月に対してエンハーツは6.6カ月と2倍以上に延長しています。アストラゼネカと第一三共は、HER2低発現乳がんでの承認に向け、世界各国の規制当局と協議を進めており、近い将来、日本でもエンハーツがHer-2低発現の転移・再発乳癌の患者さんに使用できる日が来ると思います。

大阪ブレストクリニック 院長 芝 英一 【認定資格】 大阪大学医学博士 日本外科学会認定医、専門医、指導医 日本乳癌学会専門医・指導医 NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構認定読影医 日本内分泌・甲状腺外科専門医