新規乳癌治療薬トルカプ錠(AKT阻害剤)について
桜の季節もあっという間に終わりました。以前は、クリニックで大阪市西区の靱公園に花見に行っていましたが、コロナ禍の影響で最近は行えていないのが残念です。
今月のブログは、アストラゼネカ社から発売された 再発乳癌に対する新薬、トルカプ錠についてお話をします。トルカプ錠はAKT阻害剤と呼ばれる新規の抗癌剤のひとつです。この薬剤はアロマターゼ+/-CDK4/6阻害剤投与後に増悪したPIK3CA、AKT1またはPTEN遺伝子変異を有するホルモン受容体陽性かつHer-2陰性の手術不能、または再発乳癌の患者さんが治療の対象になります。遺伝子変異を有する患者集団においてフェソロデックス単独療法との比較で、トルカプとフェソロデックスの併用療法が病勢進行、または死亡リスクの50%低減を示したCAPItello-291試験(ハザード比0.50;95%信頼区間0.38-0.65;p<0.001;無増悪生存期間(PFS)中央値7.3カ月対3.1カ月)に基づく結果により、この薬剤が承認されました。
臨床試験では、再発後にアロマターゼ阻害剤+/-CDK4/6阻害剤を投与後の患者さんが、上記のCAPItello-291試験に入っていましたが、今回適応基準では、PIK3CA、AKT1またはPTENの遺伝子変異のある患者さんに限ることになりました。これらの遺伝子変異を調べる遺伝子検査については、現在のところかなりハードルが高いと考えられています。その理由として、上記の遺伝子変異を調べるのには遺伝子パネル検査と呼ばれる検査を受けなくてはなりません。その検査を行える施設が、がんゲノム医療中核拠点病院・拠点病院・連携病院に限られます。大阪府下でも大学病院をはじめとする15カ所の大規模病院に限られます。当院でも今まで遺伝子パネル検査は大学病院等に依頼して行ってきました。
また、遺伝子パネル検査の適応基準として、標準治療が終了した時点と言う縛りがあります。今までは ホルモンレセプター陽性かつHer-2陰性の乳癌患者さんでは、再発しホルモン療法、CDK4/6阻害剤、化学療法を2-3種類行った後の患者さんが遺伝子パネル検査の適応とされてきました。今回ホルモンレセプター陽性かつHer-2陰性の再発乳癌で、ホルモン療法、ホルモン療法+CDK4/6阻害剤投与後くらいに遺伝子パネル検査ができれば、患者さんに取っては有益だと考えていますが、保険適応の問題が明らかにはなっていません。
今回のトルカプ錠の承認に際しては、FoundationOne CDx と呼ばれる遺伝子パネル検査がコンパニオン診断として使用されることになりました。この遺伝子パネル検査を用いてPIK3CA、AKT1、PTEN遺伝子変異を検出することで、PIK3CA、AKT1またはPTEN遺伝子変異を有するHR陽性、HER2陰性の進行性乳がんに対するトルカプ錠の使用、適応判定を行います。アロマターゼ+/-CDK4/6阻害剤の投与後の患者さんに対して上記遺伝子検査を行うと約40%にPIK3CA、AKT1またはPTEN遺伝子変異が見つかることが判明しています。従ってこの薬剤の適応範囲はかなり広いことがわかります。遺伝子パネル検査がいつできるのか早く明らかになってもらいたいと考えています。