日常生活のリスクが乳癌術後のリンパ浮腫に及ぼす影響

今月の院長ブログは、乳癌手術後のリンパ浮腫についてお話しをします。

私が医師になった1970年代は、乳癌の手術は乳房切除術に腋窩リンパ節郭清が標準の手術でした。その後1990年代になり、日本でも乳房温存手術が施行されるようになりました。以前は、乳癌に罹患するとすべて乳房を切除するしか選択肢がなかったのですが、乳房温存手術が導入されることにより、乳癌とその周囲を切除する部分切除でも治療が可能になりました。腋窩リンパ節郭清の重大な合併症として、手術を受けた上肢のリンパ浮腫があります。腋窩リンパ節郭清を受けた患者さんのおよそ10%位にリンパ浮腫が発生すると言われています。その合併症をなくすために、リンパ節転移の無い場合は検査だけにとどめるセンチネルリンパ節生検の手術方法が、日本でも2000年代に広く行われるようになりました。この手術方法により、腋窩リンパ節郭清を受ける患者さんの割合はかなり減少しています。センチネルリンパ節生検を受けた後でも、少数ですが上肢のリンパ浮腫は生じる事がわかっています。

米国・ミズーリ大学カンザスシティ校の看護学校のMei Rosemary Fu氏らは、日常生活におけるリスクの発生状況および、乳癌術後のリンパ浮腫への影響を調べることを目的とした研究を実施し、その結果を”Annals of Surgical Oncology誌”オンライン版 2024年8月1日号に報告しています。Mei Rosemary Fu氏は、論文に記載されている肩書からは看護師さんです。

今まで、乳癌術後のリンパ浮腫のリスクを減らすための日常生活のアドバイスを調査した研究はあまりありませんでした。今回の研究では、乳癌術後のリンパ浮腫に対する日常生活リスクの発生、パターン、効果を調査することを目的としています。

対象の患者さんは、ニューヨーク市のメトロポリタンがんセンターで治療を受けた567人の患者さんです。リンパ浮腫リスク低減行動チェックリストを使用して、11種類の日常生活リスクの発生を評価し、以下の結果が得られました。リンパ浮腫の有意なリスク因子は、感染(オッズ比[OR] 2.58、95%信頼区間[CI] 1.95-3.42)、切り傷/傷跡(OR 2.65、95%CI 1.97-3.56)、日焼け(OR 1.89、95%CI 1.39-3.56)、油跳ねや蒸気火傷(OR 2.08、95%CI 1.53-3.83)、昆虫刺咬(OR 1.59、95%CI 1.18-2.13)でした。日常生活リスクは、皮膚外傷と物を運ぶことに関連する因子に分類され、皮膚外傷リスクはリンパ浮腫と有意に関連していました(OR 1.714、95%CI 1.312-2.250;p < 0.001)。三つ、四つ、または五つの皮膚外傷リスクを持つことは、リンパ浮腫のオッズをそれぞれ4.31倍、5.14倍、6.94倍に増加させました。物を運ぶリスクは、リンパ浮腫に有意な増加効果をもたらしませんでした。結論として、日常生活リスクを完全に回避することは困難であり、患者の52.73%が5つ以上の日常生活リスクがありました。これらのリスクを完全に回避するのは難しいとし、“乳がん関連リンパ浮腫の日常生活リスクを最小限に抑えるための対策”として、「日焼けを防ぐために日焼け止め(SPF30以上)を塗る」とか、「長袖の服を着ましょう」「発疹、水疱、赤み、腕の熱感の増加、痛みなどに気づいた場合は、すぐに医師に相談する」「台所での家事をする際には手袋をする」など16項目を提示しています。上にも述べましたが、手術を受けた上肢で重いものを持つことは、リンパ浮腫のリスクを上昇させることは無かったと述べています。

乳癌手術で腋窩リンパ節郭清をうけた皆さんもリスクに注意して生活をし、リンパ浮腫が起きないようにしてください。

大阪ブレストクリニック 院長 芝 英一 【認定資格】 大阪大学医学博士 日本外科学会認定医、専門医、指導医 日本乳癌学会専門医・指導医 NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構認定読影医 日本内分泌・甲状腺外科専門医