トロデルビ(サシツズマブ・コビテカン):トリプルネガティブ乳癌に対する革新的治療

ギリアド・サイエンシズ社から、かねて製造販売承認の申請がされていた トロデルビ の申請が通り製造販売承認が得られました。トロデルビの⼀般名はサシツズマブ・ゴビテカンという薬剤です。マブと⾔う名前が⼊っているので、抗体薬の⼀種です。この薬剤については、20242⽉にも院⻑ブログでお話しをしています。
トロデルビは、トリプルネガティブ乳癌(TNBC)の治療に⼤きな期待を寄せられている⾰新的な抗癌薬です。この薬剤は、抗体薬物複合体(ADC)と呼ばれる新しいクラスの薬で、がん細胞を効果的に攻撃し、治療の成功率を⾼めることが期待されています。ここでは、トロデルビがどのようにしてTNBC に対して作⽤し、その治療法としての意義について解説します。
1. トリプルネガティブ乳癌とは
トリプルネガティブ乳癌(TNBC)は、乳癌の中でも特に予後が悪いタイプです。乳癌のサブタイプは、主に3 つの受容体の状態に基づいて分類されますが、TNBC は以下の3 つの受容体を持たないことが特徴です:
エストロゲン受容体(ER)陰性
プロゲステロン受容体(PR)陰性
HER2受容体陰性
これらの受容体が陰性であるため、ホルモン療法やHER2 を標的とした治療が効果を⽰さないのがTNBC の難しい点です。そのため、化学療法が主な治療法として⽤いられてきましたが、副作⽤や再発リスクが⾼く、効果的な治療薬の開発が急務とされてきました。
2. トロデルビの仕組み
トロデルビは、抗体薬物複合体(ADC: Antibody-Drug Conjugate)という新しい治療アプローチを⽤いた薬剤です。ADCは、がん細胞をターゲットとする抗体に、細胞毒性を持つ薬剤(化学療法剤)を結合させたもので、効率的にがん細胞を攻撃することができます。これはエンハーツやカドサイラと同じタイプの薬剤です。
具体的には、トロデルビはトロポ2(Trop-2)というタンパク質を標的とします。Trop-2は多くのがん細胞表⾯に過剰に発現しているため、がん細胞を特異的に狙い撃ちすることが可能です。この薬剤は、抗体部分がTrop-2に結合し、その後結合したがん細胞に薬物が内部に取り込まれ、細胞毒性を発揮します。これにより、正常な細胞への影響を最⼩限に抑えつつ、がん細胞に対して強⼒な抗腫瘍効果を発揮します。
3. 臨床試験と有効性
トロデルビの効果は、いくつかの臨床試験において⽰されています。特に注⽬されたのが、ASCENT 試験と呼ばれる⼤規模なフェーズの臨床試験です。この試験では、標準的な治療法と⽐較してトロデルビの有効性が評価されました。
試験結果によると、トロデルビを投与された患者は、無増悪⽣存期間(PFS)と全⽣存期間(OS)が有意に延⻑されました。PFS はがんが進⾏しない期間を指し、OS は患者が⽣存している期間を⽰します。特に、再発や転移を起こしやすいTNBC 患者に対して、これらの結果は⾮常に有望なものでした。
さらに、トロデルビは従来の化学療法よりも副作⽤が少ないと報告されています。⼀般的に、化学療法は正常な細胞も攻撃するため、吐き気や脱⽑、免疫⼒の低下などの副作⽤が⽣じますが、ADCはがん細胞をターゲットにしているため、こうした副作⽤の軽減が期待できます。
4. 承認と利⽤
トロデルビは、⽶国⾷品医薬品局(FDA)により⽶国では2020 年4 ⽉、ヨーロッパでは202111⽉に承認されました。この承認は、既存の治療法に反応しない転移性または局所進⾏性のトリプルネガティブ乳癌患者に対してのもので、化学療法の後に使⽤される薬剤として位置づけられています。⽇本では2024 年9 ⽉にやっと製造販売承認が得られました。今後は薬価収載(薬の保険診療での価格が決定される)されて医療機関は使⽤できるようになります。
現在、トロデルビは世界中で使⽤されており、特に再発や転移を繰り返す難治性のTNBC患者にとっては新たな希望となっています。さらに、他のがん種に対する有効性も研究されており、将来的には乳癌以外のがん治療にも応⽤される可能性があります。
まとめ
トロデルビは、トリプルネガティブ乳癌に対する画期的な治療薬として、これまで治療の選択肢が限られていた患者に新たな希望を提供しています。その⾰新的な作⽤機序により、がん細胞を特異的に攻撃し、治療効果を⾼めつつ副作⽤を軽減することが可能です。今後、さらなる研究と臨床応⽤の拡⼤が期待される⼀⽅で、患者にとってより利⽤しやすい環境の整備も求められます。

大阪ブレストクリニック 院長 芝 英一 【認定資格】 大阪大学医学博士 日本外科学会認定医、専門医、指導医 日本乳癌学会専門医・指導医 NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構認定読影医 日本内分泌・甲状腺外科専門医