腋窩手術を省略する新しい乳がん治療アプローチ:INSEMA試験について

今回も昨年12月アメリカテキサス州で開催されたサンアントニオ ブレストキャンサーシンポジウムで発表された演題の中で、興味のある演題について解説します。

今回は乳癌の手術方法についての発表です。

腋窩手術を省略する新しい乳がん治療アプローチ:INSEMA試験の結果についてです。

乳がん治療において、腋窩リンパ節の手術は長い間標準的な外科治療法として行われてきました。しかし、腋窩リンパ節生検や手術を省略することで患者のQOL(生活の質)を向上させつつ、治療効果を維持できるかどうかは大きな課題として残っていました。この課題に応えるべく、ドイツを中心に行われた「INSEMA試験」の結果が発表され、新しい治療アプローチの可能性が示されました。

試験概要

INSEMA試験は、臨床的にリンパ節転移がない(cN0)、腫瘍サイズが5cm以下の乳がん患者を対象とした前向きランダム化非劣性試験です。試験では、乳房温存手術を受ける患者を「腋窩手術省略群」と「センチネルリンパ節生検群」に無作為に割り付け、5年無浸潤疾患生存期間(IDFS)を主要評価項目としました。非劣性を示すためには、腋窩手術省略群の5年IDFSが85%以上であり、腋窩手術省略群と比較群のハザード比(HR)の上限が1.271未満である必要がありました。

主な結果

試験には合計5,502名が参加し、中央値6年のフォローアップ期間中に得られたデータから、以下の重要な結果が明らかになりました。

5年侵襲性無病生存率

腋窩手術省略群では91.9%、センチネルリンパ節生検群では91.7%と、ほぼ同等の結果でした(HR: 0.91, 95% CI: 0.73-1.14)。

腋窩再発率

腋窩手術省略群で1.0%、センチネルリンパ節生検群で0.3%と、若干の差が見られましたが、全体的な再発率は低く抑えられました。

生活の質と副作用

腋窩手術省略群の患者は、リンパ浮腫の発生率が低く(1.8% vs. 5.7%)、腕や肩の可動域が改善され、術後の痛みも軽減されるなど、明らかなQOLの向上が確認されました。

意義と課題

この試験の結果は、臨床的にリンパ節転移がないと診断された乳がん患者において、腋窩リンパ節生検や手術を省略することで、治療効果を損なうことなく副作用を大幅に軽減できる可能性を示しています。特に50歳以上のホルモン受容体陽性、HER2陰性の患者での適用が期待されます。

ただし、腫瘍サイズが2cmを超える患者や高リスク群(グレードG3など)のデータが限られているため、さらなる研究が必要と考えられます。また、リンパ節の病理学的情報が得られないことで、放射線治療や化学療法の決定に影響を及ぼす可能性も考慮する必要があります。

結論

INSEMA試験は、乳がん治療における腋窩手術の省略という新たな選択肢を提示しました。この結果は、患者中心の治療アプローチが今後さらに進化していく可能性を秘めています。より多くの患者が負担の少ない治療を受けながら、良好な生存率を維持できる未来を目指して、この分野の研究はさらに進展すると考えられます。

大阪ブレストクリニック 院長 芝 英一 【認定資格】 大阪大学医学博士 日本外科学会認定医、専門医、指導医 日本乳癌学会専門医・指導医 NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構認定読影医 日本内分泌・甲状腺外科専門医